ねね | QuitMate
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ねね
@12d05412
2025/6/18 19:56
Overeating - 147 days
●夏やな 私は暑い季節は外に出掛けて、冬はあったかい部屋で引きこもってる方が基本的にずっと機嫌良く過ごせる。 カショオしてた夏は、毎年クーラーきいた部屋で朝からパン詰めて、出して、また昼頃麺類とか詰めて、出して、夜ワインボトル1本とビール2缶andピザの出前して、そのまま寝落ちるか出してから寝て、とマジで1歩も外に出なかった。 外に出ないから気分も変わらなくて悪循環…あの息苦しいぎゅうぎゅうな食への欲求に呑まれる感じ、今思い出しても胸が苦しくなる。 ●普通の食事とは? 誰かが コンプレックスがないっていうのはどういう状態かというと、例えば二の腕にコンプレックスがない人は「見て!私の二の腕細いでしょ!!」って写真撮りまくるんじゃなくて、まっっったく何も考えず、何も意識もせず、ただ自分の中にノースリーブを着るという選択肢があることだ みたいなことを言っていて、なるほどなと思ったことがあります。 そういう意味では毎日あすけんを死ぬ気で叩いてる私は食へのコンプレックスはあるし、未だに「吐く」という選択肢がないわけじゃないんだなと思うんだけど、それでも全然いいや。 ●食べる楽しみ 今日はそれこそ「なるほど!!普通の人ってこういう感覚なのか!」と思ったことがありました。 たまに「今日はお土産でもらったお菓子があるから家に帰るのが楽しみで」とか、「明日会食でお鮨行くから楽しみで」とかそういう話を人がしてるのを聞いて、ふーん。と思ってたんですが、カショオしなくて過ごせるようになると、「何かを食べるのが楽しみである」というもっと純粋な状態が初めてわかるようになりました。 なんというか、「るん🎶」っていう軽い楽しみなんですよね、今家にいただきもののメロンがあるのですが、確かに「家に帰るのが楽しみ」なんですよ。 カショオしてる時も美味しいものが家にあると楽しみなんですけど、その裏で無意識下に「それ以外に食べるものの構成」とか「カショオするための食料にかかるお金」とか「食に対する渇望」とか「吐かないとダメ」とか、猛烈なプラスとマイナスが同時に蠢いてた気がするんですよね、自分でも気がついてなかったけど、無責任に楽しいことだけできない感じで、なんかその裏に一種の重たさがあるというか。 それが拡大すると友達との旅行とかも、どこでどのタイミングで吐こうとかやっぱり考えてたし、楽しいことがシンプルに楽しい状態じゃなくなる、というのがめちゃくちゃあった気がする。 常に重い錘をつけながらトランポリンしてるみたいな感じですよね、一回その状態でバウンドしちゃったらずっと上がったり下がったりしてないといけない感じ。あれの状態で正気で社会生活送るなんて無理やったなと振り返る。 もうすぐ夏至ですか、日が長くなりましたね。
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