●まず馴れ合いとは? 当事者同士が事前に示し合わせてお互いに都合のよいように計らうこと、なあなあの関係、などの意味の表現。(Weblio辞書参照) 普段使われているのは、なあなあの関係を指していると思います。人との関係性を区別するなら A.人と真剣に関わりたい B.人と関わりたく無い C.人と馴れ合いたい(AとB以外) の3択ですね。お互いが同じ感覚でいるから「関係」が出来ます。
●結論 いきなり結論です 他人との関係をどうしたいのかは自分次第です。環境で決まるものではありません 馴れ合うのが嫌なら、その関係を切る自由も変化させる努力義務も自分にあります QuitMateはSNS(SocialNetworkingService:社会的なつながりを提供する場所)です。人々がつながり、情報を共有できるプラットフォームです。 馴れ合うのが嫌なら A.積極的に関わる B.アプリを削除する これが「馴れ合わない方法」です。 …これだけだと身も蓋もないので、「QuitMateは馴れ合いの場なのか?」を考えていきます。
●馴れ合いは悪なのか? 少しだけ目線を変えてみましょう。 慣れ合える=少なからず関わりを持っている 人とつながりを持てれば持てるだけ、人的資源が豊かな状態。緊急時以外も関わりを保とうとすれば談笑や冗談を言い合う「馴れ合い的(既知、気を許した)」距離感がついて来ます。そしてそれを外側から見ると「馴れ合い」にしか見えません。つまり 転校生や新入社員から見れば、学級や会社の平時は馴れ合いにしか見えません。 そして、「自分に向けられていない応援」は、馴れ合いにしか見えません。
●「応援」は馴れ合いなのか? 自分に向けられた応援が、現状をなぐさめる甘やかしだと感じれば「馴れ合い」、自分を先に進ませる言葉と感じれば「応援」になります。 「スリップなんて気にするなよ、俺なんか毎週やってるよ」 「辞められなくても仕方ないよ、難しいもんね」 「スリップしても落ち込まないで下さいね、何が足りなかったのかを知れる機会ですよ」 「ドンマイです」
このアプリを初めて利用する時は、依存に対して孤独に立ち向かい、それでも成果を出せずに心がボロボロの状態 👍を押してもらえるだけでも、「応援してます」の一言だけでも、救われた気持ちになりませんでしたか?それが「応援」の持つ力です
●暗黙の了解≒馴れ合い 初心者に厳しい場所はすでに「馴れ合い」の場所になっています。利用者が初心者を「初めて参加した時の自分」を忘れずに迎え入れる事が「馴れ合い」を防ぐ方法の一つです。自分自身が最初は他人と関わる余裕が無かった事を忘れずに
●関わらない事は悪なのか、ブロックは悪なのか これにはいくつか見方がありますが、このアプリでは間違い無く悪ではないです。 一つは体調や精神状態で関わる事が出来ない時 辞めはじめの時期、スリップした直後などは周りを見る余裕がありませんし、複雑な言葉は届きません。 ブロックは、ある投稿を見る事で不快になったり、ストレスを感じるのを防ぐもの。これは弱さやワガママでは無く、自分を大切にするための行動であり、お互いが心地良く発信するために必要な機能だと思います。 なにより、この場に参加している時点で「関わろうとしている」のです。
●依存症対策から考えるSNSの有効利用 依存症は孤独の病と言われます。孤独だからこそ依存症になり、孤独だから悪化する SNSで出来る対策は、孤独の逆をすれば良い 「積極的に人と関わって」 「分からない事を聞く」 「コメントをもらえたら反応を返す」 馴れ合いを避ける意味でも有効です。 依存症の反対語はつながりという言葉もあります。人とつながりを持とうとする事が、依存症への特効薬になります。
●まとめ このアプリに参加している人は皆、「依存症から抜け出したい」と本気で思ったから参加しています。考え方や方法は人によって違っても、想いは同じ仲間であり理解者です。 初めて来た人がつながりを持とうとする事を、先駆者が迎え入れようとする事をそれぞれが目指すなら、「馴れ合い」は起こりません。 タイトルの「馴れ合いを嫌う人」には、このアプリを利用するすべての人が当てはまるはずです。
…思いのほか、キレーにまとまったなー ( ˘ㅂ˘)満☆足