理解は分かること、納得は認めること
自分なりの言い方をすると 理解は頭の動き、納得は心の動き 腑に落ちるという言葉の通り、ストンと収まるような、ジグソーパズルがパチッとはまるような感覚が「納得」
例えば 「幼児を蹴り飛ばすのは楽しい」 「体重も軽くて反応も良いから面白いし、手軽にストレス発散できる」 という意見があったとして 理由まで聞けば「理解できる」人もいる、でも大抵の人は知識や倫理や教育のおかけで良くない事だと感じて「納得できない」と思います
例えば 難しい数学の問題が解けたとき 頭で考えて解き方が分かったとき、同時に心で納得も起こっています
でも心の動きは、形も数値も、どこにあるのかも分かりにくいから雑に扱われがちです 感覚的には「胸が締めつけられる」「腑(内臓)に落ちる」の言葉通り、胸辺りにあるのかな?とは思っても、人体の部品に心はありませんからね (※おそらく興奮や衝撃から心臓や血流が反応するから胸辺りが反応していると感じる)
納得の効果
人は納得すると行動できます ビルの屋上では、柵があるから危なくない!と分かれば(納得できれば)、柵の近くまで近づけます 数学の問題で考えて出した答えに納得できれば、答えを書きます 幼児を蹴る事に「なるほど」と思えば、その日のうちに犯罪に走る事もできます
納得は諦めでもある
「東京タワーの展望台から飛び降りて生きてたら1億円、死んだら無効」 と聞いて、挑戦する人は居ないと思います これは「絶対に死ぬ(理解)」から「無理だ(納得)」の2つが同時に自分の中で起こっている 納得しているから「くやしい!情けない!」とはならずに「諦められる」
では、ギャンブルを辞める事はどうでしょうか 我慢で耐える事を何度も失敗している 辛くて情けないのは「(周りと同じように)我慢できない自分はおかしい」と考えて感じているから 「自分はギャンブルを我慢出来ないんだ」 これに「納得」していない、我慢で済む簡単なことだと思いこんでいるから、我慢(何もしない)で耐えられると思って失敗する方法を繰り返す
「自分にはできない事」を「諦める(納得する)」と 「なら別の方法を試そうか」と道が開かれる ゴールを諦めずに今のルートを諦める事で、別の道が見えてきます

